「付添い看護婦」を知っていますか

「付添い看護婦」って知っていますか？

「付添い婦」とか「付添い家政婦」とも呼ばれていたらしいです。

　看護師の妻に聞いたところ「昔の病院にはよくいた。患者と一緒に寝泊まりして身の回りの世話や雑用をやるおばちゃん達で、地方から出稼ぎ的に集団で出てきていた人たちも多かった」のだとか。

　あるライターさんと話していて「付添い看護婦って昔いたけど、あれは何？」という話になり、医師である私も恥ずかしながら全く知らなかったので調べてみたのです。

　昔は、入院患者に家族あるいはこうした「付添婦」が24時間身の回りの世話をするというのが当たり前だったこともあり、付添婦を派遣する「派出看護婦紹介所」がたくさんあったようです。東京大学の近くにある福祉介護の老舗「ケアワーク弥生」も、元は付添看護婦の紹介所から始まり、東大病院などに多く付添婦を紹介していたらしいのですが、この制度廃止以降、現在では小規模多機能型介護施設などを運営しています。

　1947年に来日した米国社会保障制度調査団団長のW・H・ワンデル博士が、この付添い看護について当時、興味深い指摘をしています。

「西洋の視察者にとって、日本の病院の最も顕著な特色は、病室又は控室内に、衣類、寝具、包み、箱類、炊事道具及び様々な調理段階にある食物等の個人所有物と共に、患者の親戚が多数に居ることである。戦前においてすら、患者の家族の誰かが病院に付き添って行き、患者の世話をするのが伝統的風習であり、通常、家族の者の寝る場所が、病室又はその近くに設けられていた。勿論この処置は、アメリカの病院に広く行われているものとは全然異なった看護の概念によるものである。比較的少数の看護婦を必要としたにとどまらず、専門的看護技術の適用が、絶えず家族がいること、場所をふさがれていて不潔であることのために困難もしくは不可能となった事であろう。日本人は家族の誰か（又は家族の召使）が入院患者に付き添うことを主張し、たとえ所要の看護婦の、又は女中の仕事が、病院の使用人によって果たされても、家族の付き添いを固執するということである。」

　この記述から、当時はほとんどの患者の病室に、家族あるいは職業付添者が寝泊まりしていたことが分かります。日本人の社会的通念として「家族が入院したら残りの家族あるいは親戚が付き添って介護するべき」という考えが強かったのでしょう。

　しかし、実際にはこの「付添い」は家族にとってかなりの負担だったと言われています。付き添う家族が健康をそこねたり、親戚に応援を求めるなどの労力負担のみならず、職業付添者を依頼した場合は経済的負担が大きく、老後の退職金を使い果たしたり、先祖伝来の田畑を手放したという例も多かったようです。

　また上記のワンデル博士の指摘にあるように、「看護」の質という観点からも専門的看護技術の妨げになると考えられるようになり、昭和25年から付添い看護を認めない「完全看護制度」が発足するに至ります。「完全看護」の導入は、付添いの廃止が狙いだったわけです。しかし実際には付添い者がいなくなることで現場の看護力が低下したり、必要な看護師確保ができないという困難があったため、1958年には「基準看護」と名称をあらため、実態に近づけるために基準の引き下げが行われました。

　しかしながら実態としては、現場で職業付添者は必要とされ続け、基準看護病院においても、家族での対応が困難な場合は、なかば公然と、職業付添者が使われ続けました。1980年の日本看護協会の調査では、有効回答2,464病院のうち、88.3%で付添者が付いており、その中の11.2%が職業付添者であったと報告されています。

　この付添い看護の制度は、基準看護病院の承認を得られない病院において、その費用が一定の支給基準により償還されていたのですが、1997年に正式に廃止されました。このとき、全国11万人の職業付添者が消えたわけです。当時、NHKのクローズアップ現代でも社会問題として取り上げられました。

　現在では、入院患者にときどき家族が付き添うことがあるものの、当たり前のように24時間家族や誰かが付き添うべきであるという社会通念も、そうした現状もなくなりました。しかしながら、これが在宅介護になると話は違ってきます。いまだに在宅介護は家族の介護力に大きく依存しますし、介護離職の問題もあります。そして施設に家族を入れるときに、本当は家族で介護するべきなのに・・・と白い目で見られたり、自ら罪悪感を感じる人も多いのではないでしょうか。

参考文献

杉谷藤子：ナーシング・マネジメント・ブックス3「変革する基準看護制度」2. 完全看護の理想と現実, 日本看護協会出版会